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クリスマスですね〜。


お祭りムードでもあり多くのお店は休業しているためか、日本のお正月みたいです。
今年も一年、がんばったなー。
やり甲斐があり、充実感があり、先の可能性を常に感じることができる1年だった。

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このあいだふと気付いたんですが、ニューヨークに来てから朝起きた時にたった一度も「今日は仕事に行くのが嫌だ」と思ったことがない。今日も仕事があることがうれしく、帰ってきたとき充実感を感じる。日本で貯金をするためにしていた社内通訳/翻訳の仕事もやり甲斐があった上に有給休暇と健康保険もあった(辞めてすぐNYに来たので失業保険はほとんどもらえなかったけど)。しかし音楽に割く自分の時間が減ってしまう。長い間ニューヨークで生活してみたいと思って音楽とは関係ない仕事もしてきたから、今の生活が有り難いのかもしれない。
ただ物事が予測できないためのストレスはまだ大きい。元々私は、朝早くの地方での演奏やキーボードの仕事など、近隣のマンハッタンの店で夜ピアノ演奏というのとは段取りがちがうと、現場に時間通りに着くかとか、ちゃんと良い音が出るかということが気になる。NYでは当日の数時間後に仕事を頼まれることもあり、やり繰り上手でスタンバイオッケーでいようとする緊張感も常にある。


"This hurricane costs me $$$$ in work. I am available for the gig. "
[私の訳:ハリケーンのために、トータルで十万単位の予定収入がフイになりました。あなたの手元に来たその演奏の仕事、請け負います。]と知人がフェイスブックに書いていたが、それはたくさんのフリーランスの人が思っただろう。
10月の末にハリケーンサンディーがニューヨーク周辺に上陸した。ハリケーン自体はたいしたことがなかったのに街が災害に備えられていないため被害が大きかった。マンハッタンのダウンタウン以南やニュージャージーは停電が最低でも5日以上続いた。地下鉄は全線復旧するまでに1週間もかかり、ニュージャージーへ仕事に行くときに使うパストレインは、2週間後に漸く一部開通した。先に一部開通したニュージャージーとを結ぶNJトランジットは通勤ラッシュの山手線を上回る混雑状態。満員電車に慣れていない乗客を駅員が整理することもなく、まるで映画の戦時中シーンのように駅では人々が目的の車両に向かって全力疾走して混乱し、ラッシュ時の運転は見合わせる事態になっていた。
地下鉄がとまるとブルックリンのガソリンスタンドからガソリンが消えて移動手段がなくなり、タクシーもつかまらくなった。バスは押し合いになってマナーのかけらもなく、乗れなかった人達を目当てに、業者でもない普通のバンが乗客を集めお金をとっていた。日本では何倍も大きい台風を経験しているのに、この程度のハリケーンで日常が機能しなくなるとは思いもしなかった。もしこれが世界の基準のマナー感覚に近いとすると、日本の良い部分は逆に脆い部分にもなり得る。
仕事に行けない日が数日続き、毎月の生活費(家賃、光熱費)は普通にかかってくるので、いつまで収入のない日が続くのかだんだん不安になってきた。6日目の土曜日から仕事が少しずつはじまったが、ダウンタウンは停電が続き、アップタウンで仕事があってもブルックリンからは直接地下鉄が出ていない。時間が読めないので早朝家を出て30分かけて2駅先のマンハッタン行きシャトルバス乗り場まで歩き、約1時間の列に並んで仕事に行った。押し合いになり、陽気なオバサンが「みんな急いでるんだから押さないで!!今日のMONEYを稼ぐ前に怪我するんじゃないわよ!」と言っていた。ほんとに日雇い労働者の気分だった。アップタウンに仕事の3時間前に着いてあたたかいベーコンエッグとハッシュポテトを食べて冷たくなった体を溶かしながら東北の震災の被害者は不安だったに違いない、と思った。翌週月曜は晴天で地下鉄は正常にもどった。ガソリンスタンドでは給油が3時間待ち、1店舗ごとに警官が配置された。

そこまでして仕事に行った私だが、その週水曜のニュージャージーでの仕事は代理も手配せずにキャンセルした。まだ秋なのに吹雪の天気予報で、また停電になってもしニュージャージーで足止めになったりするとデメリットの方が大きい。仕事は失いたくないので契約違反の申し出には勇気がいったが、その日は本当に予報通り吹雪になって仕事は当日午後3時にキャンセルとなった。NJトランジットも不通になった。もしもはやめに現場に行っていたら仕事もNYに帰る電車もないところだった。元々その日は2つの仕事が重なっていてどちらをキャンセルすべきかかなり迷っていたのに、結局はどちらの仕事も政府の通達でキャンセルになり、肩すかしをうけた。後日埋め合わせの仕事が設けられ、日程のやり繰りなどいろんなメールが来たが淡々と臨機応変にこなしていき、終わりはすべて良しとなった。

ニューヨークが長いミュージシャンの人たちはよく「先のことは分からないから心配しても仕方がない」という。なんと呑気なことを言うのか、と今までは思っていたが、今回のことで、私のもっている常識はあくまで日本での常識であって、アメリカではいろんなことが起こるから全体的に日本のように計画的に物事は進まないのだとわかった。その話を実家に電話したときに母にすると「あんたらの考え方はようわからんわ〜」と言っていた。まあ当たり前か。


学校でピアノを教え始めて1年以上になるがここでも予測できない事は多かった。シングルマザーの家庭はあまりに多く普通だが、別の先生に異母兄弟がレッスンに来ていて待ち合い室で母親同士が会うのでレッスン時間を替えてほしい、ということがあった。私の生徒の方はシングルマザー(母子家庭)で兄弟の方は両親と住んでおり、発表会の時は父親1人と母2人と兄弟の家族全員が一堂に会して家族はうまく機能している。そういう家庭環境の生徒が2人もいる。
他にもオーストラリア人(白人)とアフリカ人(黒人)の多言語家庭だとか、お母さんが2人の子育てをしながら医学部に通っているとか、黒髪直毛の南米系の老夫婦に引き取られ髪の手入れがうまくできないの黒人の生徒(友人にきいたところ子供でもブレードにするには1万円くらいかかるらしい)とか盛りだくさんだ。それぞれの家庭の事情を聞いて理解してコミュニケーションを進めていかなければ、わからないことは多い。はじめは「複雑な家庭環境を聞いては悪い」となんとなく思っていたけど、それは多様性に直面するのがこわかった(偏見がある)ということかな、と思う。偏見といえば、学校にはどこもゲイの男性教師が圧倒的に多い。それもはじめはとても驚いたが、そんなことを気にする雇い主も親も同僚も1人もおらず、逆に戸惑う意味がないことに気付く。今は新しく会う同僚を「あ〜、この人はストレートではないな」と察知しても、仕事とプライベートは関係ないのでまったくなんとも思わなくなってしまった。逆にジャズミュージシャンで「あ〜、この人は女癖悪そうだな」と察知しても、仕事とプライベートは関係ないのでテキトーにスルーできるようになってきた(前は頑なに無視していた)。
最近ではコネチカット州で20人以上もの小学生の命が奪われたというのに、銃が人を殺すのではなく人の心が人を殺すのだといって一般人にも銃所持に賛同する考え方が少なくないことに驚いている。


いまだに慣れないことが次から次へと出て来るが、ひとつひとつ順応していくことは自分の見方が広がってきてたのしい。ただ来年はあまり律儀に心配し過ぎたりほかのペースに振り回されないで、そして分からないことは聞く、そうやって臨機応変に引き続きニューヨークのフリーランス生活を続けていこうと思っています。



Merry Christmas!!