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〜デビューCD「BEYOND INTERSECTION」ベーシストのこと〜


「Can't complain. [(文句は言えないよ→)ありがたいことさ]」という言葉をよくきくが、今まさにそれだ。週に1日は休みたい。と言うのは贅沢で、仕事に呼んでもらえるからこそNYで家賃が払っていける。フリーランスのこわさだ。一時は20人に以上にのぼった新生徒も、代理レッスンの生徒さん達は無事元の先生のところへもどり、15人ほどに落ち着いた。場所柄、白人ばかりの日、黒人&ヒスパニック系の日、日本人ばかりの日、日系アメリカ人の日に分かれている。環境によって生き方のアプローチがちがって面白い。だいぶ英語も上手くなった。一方、演奏の仕事場では最近、もし私が黒人ならば、若しくは男ならば、ぜったいこんな扱いはないだろうということが重なり、かなりくやしい思いをした。差別してきた人と同じ人種の人達に「かつこには全く非がないから気にするな!」と言われてまた新しい日々を送っています。残念ながらアジア人女子=おとなしそう=男社会でナメられる。サイドマンの時は問題ないが、自分名義の仕事の場合にこういう目に遭いやすい。

しかしこれはもう、持ってうまれた見た目なので、切り抜けていくしかない。

ちょうど3年前、東京ブルーノートでのロイ(・ハーグロフ)の公演にダントンに招待してもらってライブをみた時、正直「へえ、ロイのバンドで白人が雇われるなんてめずらしいなあ」と思った。

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言っておくが、ロイはまったくそういうことを気にしないとてもクールな人だ。でも黒人色のつよい音楽のバンドで、特にベースやドラムで白人が雇われるのはあまりみないので単純にそう思った。ダントンはちょっとかわった経歴で、ロイに雇われる前はずっとロックバンドでエレクトリック・ベースを弾いていて、ウィリーの推薦でロイのバンドに入ってCD「Earfood」と「Emergency」でも演奏し、やめた後はトニー賞候補になったブロードウェイミュージカル「Fela!」でエレクトリックベースを弾いたり、変拍子の曲が多いドラムのAri Hoenigのバンドでレギュラーベースを務めたりしている。彼は抜群に場の空気を読み、どんな大きい舞台でも「ここ!」という場面でしくじらない。その上、曲を覚えるのがはやい。人種の話はしたことはないが、すんなりと黒人ばかりの黒人色がつよい音楽のバンドに入ったのはダントンの方から相手に垣根を作っていない、と思う。そんなことよりも、自分が今やっている音楽が好きであることの方が音楽に真剣な人にとっては重要なことだ。


仕事に関しては大物先輩のピリっとした雰囲気があるウィリーとダントンだが、彼らからは、どれだけ音楽スキルが成長したかと同時かそれ以上に「かつこはそれくらいのことにめげずにこれからもニューヨークでミュージシャンとしてやって行く気あるの?」と、いつもそこをチェックされている。口に出して言われないから余計に緊張感がある。私を取り巻く環境をむこうからきいてくれる。関心事は壁自体ではなく、壁にぶち当たったときに私がどう行動しどう切り抜けたのかを、いつも興味深くそして心配そうな表情できいていてくれる。

今は互いに忙しいのでたまにしか会わないが、仕事が終わってダントンと一緒に帰るときに会話していると幼馴染みのように気を抜ける感覚になりほっとする。昔LAで毎晩のように彼のギグについていっていたからかもしれない。英語が話せずジャズが演奏できなかった頃から家族全員を知っているので、友達目線でいうと、私を逞しいと思っているようだ。ダントンとウィリーとすばらしいピアニストであるウィリーのお父さんのトリオのギグを観に行ったときに「私も子供の頃からアメリカに住んでいたらなあ」と言ったら、ウィリーのお父さんに「育つ環境はみんなちがうんだよ。だから、君には君にしかできない音楽がある」と言われた。ネイティブの会話ペースにまったくついていけずいじけて引き蘢りがちになっていた頃で、そのことでダントンと大喧嘩した日だったので、ぱっと明るい気持ちになった。ウィリーのお父さん達は白人と別々のバスに乗り、選挙権がなかったということになる(Voting Rights Act 1965, The Civil Rights Bill 1964)。悔しい状況に負けなかった人から滲み出る尊厳と風格を感じた。