カテゴリ:★デビューCDのメンバー( 5 )

〜デビューCD「BEYOND INTERSECTION」ベーシストのこと〜


「Can't complain. [(文句は言えないよ→)ありがたいことさ]」という言葉をよくきくが、今まさにそれだ。週に1日は休みたい。と言うのは贅沢で、仕事に呼んでもらえるからこそNYで家賃が払っていける。フリーランスのこわさだ。一時は20人に以上にのぼった新生徒も、代理レッスンの生徒さん達は無事元の先生のところへもどり、15人ほどに落ち着いた。場所柄、白人ばかりの日、黒人&ヒスパニック系の日、日本人ばかりの日、日系アメリカ人の日に分かれている。環境によって生き方のアプローチがちがって面白い。だいぶ英語も上手くなった。一方、演奏の仕事場では最近、もし私が黒人ならば、若しくは男ならば、ぜったいこんな扱いはないだろうということが重なり、かなりくやしい思いをした。差別してきた人と同じ人種の人達に「かつこには全く非がないから気にするな!」と言われてまた新しい日々を送っています。残念ながらアジア人女子=おとなしそう=男社会でナメられる。サイドマンの時は問題ないが、自分名義の仕事の場合にこういう目に遭いやすい。

しかしこれはもう、持ってうまれた見た目なので、切り抜けていくしかない。

ちょうど3年前、東京ブルーノートでのロイ(・ハーグロフ)の公演にダントンに招待してもらってライブをみた時、正直「へえ、ロイのバンドで白人が雇われるなんてめずらしいなあ」と思った。

a0094202_10392194.jpg
言っておくが、ロイはまったくそういうことを気にしないとてもクールな人だ。でも黒人色のつよい音楽のバンドで、特にベースやドラムで白人が雇われるのはあまりみないので単純にそう思った。ダントンはちょっとかわった経歴で、ロイに雇われる前はずっとロックバンドでエレクトリック・ベースを弾いていて、ウィリーの推薦でロイのバンドに入ってCD「Earfood」と「Emergency」でも演奏し、やめた後はトニー賞候補になったブロードウェイミュージカル「Fela!」でエレクトリックベースを弾いたり、変拍子の曲が多いドラムのAri Hoenigのバンドでレギュラーベースを務めたりしている。彼は抜群に場の空気を読み、どんな大きい舞台でも「ここ!」という場面でしくじらない。その上、曲を覚えるのがはやい。人種の話はしたことはないが、すんなりと黒人ばかりの黒人色がつよい音楽のバンドに入ったのはダントンの方から相手に垣根を作っていない、と思う。そんなことよりも、自分が今やっている音楽が好きであることの方が音楽に真剣な人にとっては重要なことだ。


仕事に関しては大物先輩のピリっとした雰囲気があるウィリーとダントンだが、彼らからは、どれだけ音楽スキルが成長したかと同時かそれ以上に「かつこはそれくらいのことにめげずにこれからもニューヨークでミュージシャンとしてやって行く気あるの?」と、いつもそこをチェックされている。口に出して言われないから余計に緊張感がある。私を取り巻く環境をむこうからきいてくれる。関心事は壁自体ではなく、壁にぶち当たったときに私がどう行動しどう切り抜けたのかを、いつも興味深くそして心配そうな表情できいていてくれる。

今は互いに忙しいのでたまにしか会わないが、仕事が終わってダントンと一緒に帰るときに会話していると幼馴染みのように気を抜ける感覚になりほっとする。昔LAで毎晩のように彼のギグについていっていたからかもしれない。英語が話せずジャズが演奏できなかった頃から家族全員を知っているので、友達目線でいうと、私を逞しいと思っているようだ。ダントンとウィリーとすばらしいピアニストであるウィリーのお父さんのトリオのギグを観に行ったときに「私も子供の頃からアメリカに住んでいたらなあ」と言ったら、ウィリーのお父さんに「育つ環境はみんなちがうんだよ。だから、君には君にしかできない音楽がある」と言われた。ネイティブの会話ペースにまったくついていけずいじけて引き蘢りがちになっていた頃で、そのことでダントンと大喧嘩した日だったので、ぱっと明るい気持ちになった。ウィリーのお父さん達は白人と別々のバスに乗り、選挙権がなかったということになる(Voting Rights Act 1965, The Civil Rights Bill 1964)。悔しい状況に負けなかった人から滲み出る尊厳と風格を感じた。


〜デビューCD「BEYOND INTERSECTION」ドラマーのこと〜


秋ですね〜。街を歩く女性もブーツ姿が多くなりました。
「1回仕事によばれはじめるとあとはもう雪だるま式に次々と仕事が増えるよ」と、5月から伴奏の仕事をはじめた学校で言われたとき「はあ。そうだといいですね」と言ったけど、新学期9月は新しいピアノの生徒がなんと14人!出会いが集中した月です。ビザ申請のための弁護士代や帰国費用と、臨時費がかかる外国生活は不安定なので、依頼がある限り働く意欲です。


a0094202_6412119.jpgさて、秋になると昨年の今頃このプロジェクトのお手伝いをしたことを思い出す。この人を知ってもう15年ほどになるが、いつも「すごいなあ」と思わされるネタに尽きない。

アップタウン「Smoke」でベースのDezron Douglass以外のCDメンバー全員を揃えた彼の最新リーダーアルバム「The Next Phase」(左記をクリック)の6月のリリースライブは、大成功だった。NYのクラブではチャージが高い方のライブだったが、ボルチモアに住むビブラフォンのWarren Wolf、カリフォルニアに住むEric Reedも集めて3セット入れ替え制で満席。音楽内容もとても濃かった。

大体、彼は今、サイドマンとして最も売れている。

亡くなる直前までは巨匠ハンク・ジョーンズ、今は巨匠シダー・ウォルトンやギターのPeter Bernsteinのレギュラーメンバーでしょっちゅう海外に行っている。NYに居るときはリンカーンセンターが経営するDizzy's Club Coca ColaかVillage Vanguard, Blue Note, Birdlandなどに週間出演し、昼間はレコーディングや、ニュースクールやシカゴにあるノース・ウエスタン大学でのレッスンをこなしている。ほかにも歌のErnestin Andersonや、McCoy Tyner, Sonny Rollins, Dizzy Gillespie All Starsのレギュラードラムの代理など、自分のバンドなんてやらなくても本当に充分いそがしい。私がNew Yorkに来る少し前までは、6年間ロイ・ハーグロフのクインテットとRH Factorの両方のレギュラーメンバーで、ハービー・ハンコック、故マイケル・ブレッカー、ロイの「Directions to the Music」ツアーではジョニ・ミッチェルのツアーを優先したブライアン・ブレイド(それもすごいね)の替わりに、数回の公演以外はすべてウィリーがドラムを担当していた。

それでもコンスタントに自分のプロジェクトのことを考え、曲を書いているところがすばらしい。

なぜこの人がニューヨークでこんなにサクセスフルなのか、ときどき考える。
もちろん、ドラムはすばらしい。まちがいない。でもほかにもすばらしいドラムというのはいる。
この人は「人付き合いがうまい」のではなく、ほんとに「いい人」だ。華やかな演奏とは裏腹に意外と静かな人で、普段から人の意見をとてもよく聞く。自分と意見が食い違っていても、よほど音楽的に問題がない限りはほかの人の意見を尊重して優先する。でもできないことはかならず「それはこうこうこういう理由で僕はちがうと思うから、無理」という。そういう性格なのだ。自分の演奏スタイルは決して譲らない。昔ケイ(赤城)さんのバンドに居た頃はかなり自由なスタイルだったように記憶しているが、Straight Swingに拘る今の姿勢は誘われる仕事の幅を限定するだろう。でも逆にその信念が、プロデュース業である質の高いWJ3 Recordsレーベルのブランドイメージ定着を自然に導いてきている。

要するに、この人は元々人と音楽に対する尊重の気持ちがとてもつよい。「音楽に」という人は多いが、自己表現芸術なだけに「人と音楽に」というジャズミュージシャンは少ない(もちろんチームワークである職業柄、みなさんいい仕事に呼ばれるほど自分を抑えるようになるのですが)。自分ができることに対する自尊心があるがエゴがない。ここがむずかしい。中途半端なプライドがないから人に嫉妬しない。その上、ドラムが抜群にうまく、初見もつよい。そんな人と働くのが嫌という人がいるわけがない。

彼の演奏にあこがれてジャズをはじめた私だが、アーティストとして山はまだまだ高く、プロフェッショナルとしての奥は深いなあ、と思わされる日々です。






私のホームページはこちらです。

http://www.katsukotanaka.com


Facebookもやっています。

https://www.facebook.com/katsuko.tanaka.73


by Katsuko Tanaka  たなかかつこ

[END]

〜デビューCD「BEYOND INTERSECTION」ゲストのアルトサックス奏者のこと〜

こんなにも暑い中、お昼外で演奏したり駅からかなり遠くまで歩く仕事に今月は何度も行きました。あ〜、、、日本では夏の紫外線対策とやらに踊らされてお肌をとても大事にしていたのに、もう取り返しがつかないほど浴びまくってますよ。。。日本じゃあ女の人が夏の真昼に外で弾くなんて、そんなにないですよね〜(泣)。
さて、私はO-1ビザ(通称アーティストビザ)を申請することに決め、その資料作成にも追われて今はかなりストレスです。でも自分に何ができるかわからなくて暗闇の中に居たNYに来た当初に比べると、贅沢な悩みかもしれません。

日本からNYに引っ越してきた2008年1月、アントニオに学校で出会い、こう言われました。
「君のcomping(ピアノ伴奏)はオレの演奏内容をすべて台無しにしている」

。。。ガーーーン。。。

ほかにも「君、もっとスイングして弾いてみろ」(→といって何度もピアノからどかされる)
「はい次、君。あの曲(←数日前にアントニオの前で覚えていなかった曲)イントロから弾いてみろ」
クラスメートにも「なんでアントニオはカツコにばかりきびしいの?」と言われる始末。演奏はアントニオのクラスだけで、あとは楽譜ソフトを使うアレンジの大量の宿題。クイーンズ区から出ることもなく学校と家の往復と宿題の日々、雪は毎日のように降るし、旧知の友ウィリーやダントンはツアーでNYにはほとんどいないし、このまま私のNY生活は終わるの?と思ったものです。

やっと春になり、学期末の最後の授業でのアントニオのお話。
「俺がNYCに来た時はバークリーを卒業してすぐで、同期のロイ(・ハーグロフ)のバンドでツアーをしながらこのクイーンズ・カレッジ(大学院)に通ってたんだ。学校に居るかツアー先や電車で宿題をしているか、夜はセッションか誰かのライブを観にに行っていた。1度がっかりしたことがあったんだ。その後猛練習して、それ以来は俺はいつも準備OKだ。NYでミュージシャンでやっていくにはそうじゃないとダメだ。よそから来たばかりのミュージシャンにNYはつめたいぞ。特に謙虚さを良しとする文化のアジア圏の人達は気をつけろ。ちょっとでもビビったら奴らはすぐに君たちの脳の中に入り込んでVibeって[挑戦的な態度で意地悪して]くるからな。練習さえしていれば、楽器の前で堂々と自分を表現すればいいんだ。」

え?
すでにロイとツアーしてたアントニオでも「フン、お前、ふけるのか」とVibeられてたんや。
はじめての夏休みにセッションに行き倒す前にそれを知ったのは今から考えると大きな収穫でした。

まさかこの話から2年後の今、自分がその、ニューヨークのジャムセッションのホストの仕事をするようになるとは、当時はとても想像付きませんでしたが。

キツく当たられてすぐに引き籠る人にはニューヨークは向かない。
こわがってる暇があったら練習しろ。

a0094202_11132972.jpg


それ以降私はアントニオに心を開いたと思います。そして教えを胸に毎晩マンハッタンのお店に出入りしまくって知り合いが増えた1年後、ふとこう言われました。
「カツコ。君は女性なんだから危険な男には気をつけろよ。あいつはすごいピアニストだ!と言われて、その上で君に興味を示す男だけを相手にしろ。『ちょっと弾ける日本人の女』ってナメられるな」。心配してくれてるねんなーと思うと、とてもうれしかったです。


その半年後、このアルバムで一緒に演奏した後にスタジオで録音をみんなで聴き返してるとき。

「カツコ!ニューヨークのサウンドになってきたな」

それをきいたとき、なんか「終わった!次に行ける」と感じました。
実際Stretchingを録音した翌日がアントニオに学校で音楽を教えてもらう最後の日となりましたが「今こそ別れめ いざさらば」というお涙頂戴ではなく「ウェルカム・トゥ・ニューヨーク!!(=この先も振り落とされるな)」という感じです。

彼の演奏には人間味のあるところが滲み出ています。練習と信念と情熱で人を動かせる。会場でスタンディングオベーションの恩師の演奏を一流クラブでみるたびに、生徒に毎日口酸っぱく言っていることを自分が日々110%実践していて、結果はすべてのライブ演奏でのお客さんの歓声で証明してくれることを、とても尊敬しています。

先日見知らぬ女性から息子がバークリー音楽院を受けるのでレッスンしてほしいと電話がありました。なんとアントニオが私を推薦したそうです。恩師でミュージシャンの先輩で、気の利いたタイミングで自信をくれる大事な存在です。

  ★そんなアントニオがゲスト演奏してくれているCD「BEYOND INTERSECTION」は→コチラ!!



私のホームページはこちらです。

http://www.katsukotanaka.com


Facebookもやっています。

https://www.facebook.com/katsuko.tanaka.73


by Katsuko Tanaka  たなかかつこ

[END]







ジャズピアニストたなかかつこデビューアルバム
"Beyond Intersection (ビヨンド・インターセクション)"
a0094202_13565142.jpg

2010年5月


 関西出身の女性ジャズピアニスト、たなかかつこのデビューアルバム「Beyond Intersection (ビヨンド・インターセクション)」(輸入盤)が6月に日本で発売されます。

 2008年に渡米、現在ニューヨークを拠点に活躍中のたなかは、ロイ・ハーグロフやフランク・レイシー、グレッグ・ターディ、注目若手のステイシー・ディラード、ジョー・サンダーズらと交流を深めて演奏の機会を数多く重ね、NYで幅広く活躍中です。 渡米2年を待たずに昨年12月16日ブルックリンのスタジオにてデビューアルバムを収録しました。


 a0094202_13571153.jpg今回のCDのメンバーは、まず、ロイ・ハーグロフ・クインテットおよびビッグバンドのレギュラーベーシストとしてブルーノートでの来日公演が記憶に新しい、ベースのDanton Boller(ダントン・ボラー)。ドラムは、近年ハンク・ジョーンズやシダー・ウォルトンバンドのレギュラードラマーとして来日が続くWillie Jones III(ウィリー・ジョーンズ・III)。ハービー・ハンコック、ホレス・シルバー、ロイ・ハーグロフ、ウィントン・マルサリスなどのバンドで活躍して来たベテランです。
 このピアノトリオに、デイヴ・ホランドやディジー・ガレスピー・ビッグバンドのリードを務めクイーンズ大学院助教授でもあるアルトサックスのAntonio Hart(アントニオ・ハート)を1曲ゲストに迎えてオリジナル曲5曲をフィーチャーしており、ビッグネームミュージシャンに囲まれながらも非常にアットホームな雰囲気のセッションの様子が伺える、とても息の合ったバンド演奏のデビューアルバムに仕上がっています。

 西海岸でトップクラスのミュージシャン達から直接影響を受けて比較的遅い時期にジャズに出逢った稀な経歴のたなかかつこは、これまで日米を問わず若い世代と演奏する機会が数多く、人種や性別、年代に左右されないその自然で毅然とした音楽への真摯な姿勢が好評を得ています。一方で日本、西海岸、ニューヨークと拠点を移す度に新たな出発を強いられ親しい友人を日常生活から切り離さなければなりませんでした。「Beyond Intersection」には、交差点を人と共有した時空にたとえて、またいつか交わることがあるかもしれないその後のそれぞれの生きる道がよいものであるように、という意味が込められています。




たなかかつこプロフィール      http://katmusic.exblog.jp
マイスペース            http://www.myspace.com/katsukotanaka
ウェブサイト(英語のみ)       http://www.katsukotanaka.com
お問い合わせ・ブッキング連絡先   katsukomusic@gmail.com

私の人生にとって、いいミュージシャンといい音楽ができる瞬間は何よりもたのしい。

12月1日の卒業演奏会でWillie Jones IIIとDanton Bollerとで演奏して、16日はそのトリオに1曲だけAntonio Hartをフィーチャーして私の1作目のCDの録音をした。

これまで人の依頼で数曲のスタジオ録音はしたことがあったが、今回は1枚のCD分の曲数をしかも自分のリーダーで録音。この慣れない事態にもっと緊張する予定だったが、とてもたのしかった。っていうか、私1人だったらいっぱいいっぱいで倒れていたかもしれない。数多くのレコーディング経験がある彼らは、私が気付くより先に私の気持ちをすばやく捉えて、はやめはやめにいろんなアドバイスをくれた。レコーディングの前の日にアントニオやウィリーと話してるうちにいつのまにか穏やかでうれしく、たのしみな気持ちになっていた。最近は仕事で一緒に演奏する時しか会わないけども、ダントンは家が近いので今後の作業は助言をもらいながらすすめられることになった。今回だけでなく、私がNY生活を乗り切ってこれたのは、公私共110%信用のおける彼らのおかげだ。



自分が創った曲を、友達(アントニオは学校の先生)であり、且つ、すばらしい先輩ミュージシャンであるこの人達と形にできてすごくうれしい。一緒に演奏出来てほんとにたのしかった。

a0094202_1518778.jpg

from the left, Danton Boller[ダントン・ボラー], Willie Jones III[ウィリー・ジョーンズ III], Katsuko Tanaka, and Antonio Hart[アントニオ・ハート]



音楽って時間や場所を超えて、この日一瞬で全員を強くつなげられてほんまにすごいなー、と思った。それにしてもすごいミュージシャン達だ。これからも、もっともっと音楽を知っていきたい!新しい曲をかきたい!っていう、謙虚で創造的な気持ちがふつふつと湧いてくる。


この人達だけでなく、黒田卓也くん、広瀬未来くん、西口明宏くん、早川惟雅くんら、NYCに来てから(も)お世話になっている関西出身のミュージシャン達が私の音楽人生に関わってくれたことをとても大事に思っている。それぞれ自分のことがあるので、前者3人は同じニューヨークに住んでいてもなかなか会う機会がないが、ほんとにいい精神をもった日本が誇るべきこのミュージシャン達と今後もずっといい付き合いを続けられたらなあ、と心から思う。
いくらアイディアがあったって、自分ひとりではいい音楽はできないと私は思う。


ゴッドブレス。


CDは6月頃発売の予定。詳細が決まり次第このブログでお知らせ致しますので、発売の際には是非お買い求め頂くよう宜しくお願い申し上げます!!


このCD録音のリハーサルにあてた2009年12月1日の卒業演奏会
(この演奏会のためのリハーサルはなく、この時の演奏は初見のぶっつけ本番です)




p.s  CDを創ることを直接的に応援してくれた西山瞳ちゃん、大木理沙さんにとても感謝しています。


p.s 2 ドラムとベースは誰と録音するのかロイにきかれたので答えると"Whaaaat[なにー]?!"と驚かれた(笑)。でも私の方が彼らとの付き合いが長い。あなたが私の友達を雇ったのだと言った。この話をしたときはアントニオにまだお願いしていなかったがほんとに奇遇だ。