家の前の公園。五月晴れ。

確定申告(アメリカではTax Returnと呼んでいる)も終わった。どっちみち払わないといけないもの、済ませないといけない事務はなんでもさっさと片付けよう!というのが、今後の方針です。
長いこと仕事が忙しく最近はなかなか夜ライブを見に行くことがなかった。友達のライブ以外では思い出すところで、2月のMulgrew Miller Wingspan, 12月のChristian McBrideバンド, Cedar Waltonバンドだけ。これも知り合いが出ているから誘ってもらった。
ベースのReuben Rodgersをチェックしに先週末Smallsに久々に行った。満員になると思ったので、前のバンドが演奏している時間帯(10時頃)行くともうすでに10時半からのショーのために並んでいた。Smallsでは、演奏に行くミュージシャン達はFamilyの一員とみなしていつも無料で入れてくれる。その日も、とても混んでいるにも関わらずオーナーが君は並ばないでいいから今入りなさいと言ってくれ、はやめにクラブに入る事ができた。案の定、10時半からのセットも12時半(夜中ですよ)の2回目のセットも超満員で立ち見する場所もなく消防法違反になるので人をそれ以上入れる事はできなかったようだ。そんなに人気でも私達ミュージシャンには無料で鑑賞させてくれ、一般のお客さんへのチャージもいつもと同じ20ドルより値上げもせず(しかも前のバンドとあとのバンド、合計3バンドで20ドル)、このお金に厚かましいニューヨークでなんというジャズに情熱のある店だろうと思った。このブログでも何度も言うが、私がニューヨークに来てから覚えたたくさんのスタンダードは、このSmallsかZinc Barでロイ・ハーグロフとジャムセッションをして覚えた曲だ。覚え方や理解の仕方も、ロイやそこで知り合ったいろんなミュージシャン達と演奏の後に話したことを全部ためしてみて何度も「できた」「できなかった」と手応えを演奏した時にひとつひとつ実感していくことで時間をかけて自分に合う効果的な練習の仕方を編み出した。私にとってはSmallsやZinc Bar, Fat Catは昼間通っていたクイーンズカレッジ大学院と同じくらい価値のある「学校」だ。
バンドはサックスのジミー・グリーンさんのバンドで、ベースがReuben Rodgers, ドラムがGreg Hutchinson, ピアノがXavier Davisという、ジミーさんが数年前にこのSmallsでのライブをCD化して発売しているものがあるメンバーだった。とても熱気に溢れたバンドだった。
ジミーさんは、たしか30台で、結婚して2人お子さんが居たのだが、記憶に新しいコネチカット州の小学校での銃撃事件で子供さんが犠牲者となり亡くされた。MCのときに、家族はまだ完全にその苦しみから立ち直れていないが、このメンバーとまた音楽を演奏できる幸せと聴いてくれるすばらしい観客が居ること、そしてお店に感謝の意を述べておられた。よく「私があなたに何をできるでしょうか?」とたくさんの人に言って頂くが、僕が思うに、こういった犯罪をなくすためにはとてもシンプルなこと、それは人を愛することだと言っていた。今となりの人が自分の肘に当たってうっとおしいと思っても、レジで長蛇の列に並んでいてお金を払っている人が小銭を探していても、イライラせず、にっこり笑って好きになること、と、冗談まじりに言っていた。「憎む」という連鎖をなくす、という意味だと思うが、なんと心の寛い人だと思った。まだベテランの年齢ではないのに人間の器の大きさやエネルギーが演奏に顕われている。
ニューヨークに居てすばらしいことのひとつはこういったエネルギーを感じれることだ。
ドラムのグレッグはすばらしかった。彼を観るのが目当てで来るお客さんもたくさん居て、グレッグが出る日はいつもSmallsは満員になり入れない人がでる。ジミーさんが一番最後の曲で、地元のコネチカットで教えていた生徒だったドラマーに1曲チャンスを与えてバンドで演奏することになった(こういうのをSit Inといいます)。派手ですばらしいグレッグのあとに叩いたこの無名のドラマー、とてもすばらしかった。んー、、、べつにグレッグじゃなくてもこの人でもこのバンドはいいのでは?という空気が過るほど。こういうのが、ニューヨークだなあと思う。まあグレッグの人気は格別で位置は不動だけど。前にもトランペットの人でそういうことがSmallsであり、あれ?このバンドのトランペットにはこの人しかないと思ってたけど、こっちの人の方がむしろいいのでは?という空気がバンド内にも過っていたときに、その日そのギグができなかったレギュラートランペットの人がそのライブを観に来て、1曲バンドスタンドの真横、ソロをとっているその日の代理トランペットの人の視界に入るところでじーっとソロを凝視し、ソロが終わったあと2言3言彼と話をして彼女とさっさと帰って行った。猛練習して出直してくること間違いなしだと思う。そしてみんな、明日は我が身と解っている。一晩で仕事を失ったり得たりするようなことがいつもあるあの空気、厳しさ、ってすごい、と改めて思う。そういう伝説は聞いた事があるが「これか〜」と思う。ニューヨークには才能があって上手い人はあまりにたくさん居過ぎる。練習してもしても演奏できるチャンスはとても少ないし、高いギャラのクラスに登りつめた人達もそこへ行くまで演奏以外にもいろんな試練がある。同じ仕事ではギャラはかわらないかむしろ減ったりバジェットカットで仕事そのものがなくなる上、家賃は高いし毎年無条件に20ドルずつ上がって行く。MTA(地下鉄)だって私が来た2008年はたしか78ドルくらいだったのに今はもう112ドルだ。それでもニューヨークで切磋琢磨して演奏に賭けている私達クレイジーなまでにジャズを愛するミュージシャンをファミリーと思い、いつも無料でクラブに入れてくれるSmallsやZinc Bar。「ニューヨークにもPricelessな情のあるええとこあるやん」って思う数少ない事の1つです。
そういえば昔ジャズピアノをはじめたい、とケイ赤城師匠にレッスンを申し込んだときに、ジャズミュージシャンになるというのはそれに賭ける努力の見返りがあまりに少ないがそれでもやりたいか問われた。今考えてみたら始めてないときにはそれがどういう意味をもつかさっぱり分からなかった。
私がニューヨークに来た2008年にはジャズ界でWillie Jones IIIを知らない人はもういなかった。15年程前ロスアンジェルスで知り合った頃のウィリーはまったく無名の地元の若手で、当時マイルスバンドを卒業したばかりのケイ赤城さんがアコースティックのバンドをはじめたときのドラムに抜擢されていた。ケイさんのバンドでリック・マルゲリッツァと故チャールス・ファンバローと一緒に演奏しているウィリーをみてこんなに若いのにケイさんのバンドでこんな演奏ができる人がいるのか、と感心していた。その後彼はニューヨークに引っ越して無名の頃にSit Inのチャンスがある度に華々しく実力を発揮し続け場を湧かせてきたにちがいない。観たかったなあと悔しく思う。
でもできあがったウィリーと演奏できる私は本当にとてもラッキー。今年は8月28日(水)にミッドタウンのキタノホテルにあるJazz at the Kitanoにてウィリー・ジョーンズ・IIIとドゥエイン・バーノとでピアノトリオをやります。詳細はまたご報告します。
部屋から見える公園は11月から3月までずっと枯れ木の景色だったのに、本当に4月の間にどんどん葉がついてきて緑が眩しくなりました。
4月1週目、はじめて木に葉がついた日。

4月2週目

4月3週目

4月4週目。この次の週は雨がよく降ったので一気に緑が多くなった気がします。


確定申告(アメリカではTax Returnと呼んでいる)も終わった。どっちみち払わないといけないもの、済ませないといけない事務はなんでもさっさと片付けよう!というのが、今後の方針です。
長いこと仕事が忙しく最近はなかなか夜ライブを見に行くことがなかった。友達のライブ以外では思い出すところで、2月のMulgrew Miller Wingspan, 12月のChristian McBrideバンド, Cedar Waltonバンドだけ。これも知り合いが出ているから誘ってもらった。
ベースのReuben Rodgersをチェックしに先週末Smallsに久々に行った。満員になると思ったので、前のバンドが演奏している時間帯(10時頃)行くともうすでに10時半からのショーのために並んでいた。Smallsでは、演奏に行くミュージシャン達はFamilyの一員とみなしていつも無料で入れてくれる。その日も、とても混んでいるにも関わらずオーナーが君は並ばないでいいから今入りなさいと言ってくれ、はやめにクラブに入る事ができた。案の定、10時半からのセットも12時半(夜中ですよ)の2回目のセットも超満員で立ち見する場所もなく消防法違反になるので人をそれ以上入れる事はできなかったようだ。そんなに人気でも私達ミュージシャンには無料で鑑賞させてくれ、一般のお客さんへのチャージもいつもと同じ20ドルより値上げもせず(しかも前のバンドとあとのバンド、合計3バンドで20ドル)、このお金に厚かましいニューヨークでなんというジャズに情熱のある店だろうと思った。このブログでも何度も言うが、私がニューヨークに来てから覚えたたくさんのスタンダードは、このSmallsかZinc Barでロイ・ハーグロフとジャムセッションをして覚えた曲だ。覚え方や理解の仕方も、ロイやそこで知り合ったいろんなミュージシャン達と演奏の後に話したことを全部ためしてみて何度も「できた」「できなかった」と手応えを演奏した時にひとつひとつ実感していくことで時間をかけて自分に合う効果的な練習の仕方を編み出した。私にとってはSmallsやZinc Bar, Fat Catは昼間通っていたクイーンズカレッジ大学院と同じくらい価値のある「学校」だ。
バンドはサックスのジミー・グリーンさんのバンドで、ベースがReuben Rodgers, ドラムがGreg Hutchinson, ピアノがXavier Davisという、ジミーさんが数年前にこのSmallsでのライブをCD化して発売しているものがあるメンバーだった。とても熱気に溢れたバンドだった。
ジミーさんは、たしか30台で、結婚して2人お子さんが居たのだが、記憶に新しいコネチカット州の小学校での銃撃事件で子供さんが犠牲者となり亡くされた。MCのときに、家族はまだ完全にその苦しみから立ち直れていないが、このメンバーとまた音楽を演奏できる幸せと聴いてくれるすばらしい観客が居ること、そしてお店に感謝の意を述べておられた。よく「私があなたに何をできるでしょうか?」とたくさんの人に言って頂くが、僕が思うに、こういった犯罪をなくすためにはとてもシンプルなこと、それは人を愛することだと言っていた。今となりの人が自分の肘に当たってうっとおしいと思っても、レジで長蛇の列に並んでいてお金を払っている人が小銭を探していても、イライラせず、にっこり笑って好きになること、と、冗談まじりに言っていた。「憎む」という連鎖をなくす、という意味だと思うが、なんと心の寛い人だと思った。まだベテランの年齢ではないのに人間の器の大きさやエネルギーが演奏に顕われている。
ニューヨークに居てすばらしいことのひとつはこういったエネルギーを感じれることだ。
ドラムのグレッグはすばらしかった。彼を観るのが目当てで来るお客さんもたくさん居て、グレッグが出る日はいつもSmallsは満員になり入れない人がでる。ジミーさんが一番最後の曲で、地元のコネチカットで教えていた生徒だったドラマーに1曲チャンスを与えてバンドで演奏することになった(こういうのをSit Inといいます)。派手ですばらしいグレッグのあとに叩いたこの無名のドラマー、とてもすばらしかった。んー、、、べつにグレッグじゃなくてもこの人でもこのバンドはいいのでは?という空気が過るほど。こういうのが、ニューヨークだなあと思う。まあグレッグの人気は格別で位置は不動だけど。前にもトランペットの人でそういうことがSmallsであり、あれ?このバンドのトランペットにはこの人しかないと思ってたけど、こっちの人の方がむしろいいのでは?という空気がバンド内にも過っていたときに、その日そのギグができなかったレギュラートランペットの人がそのライブを観に来て、1曲バンドスタンドの真横、ソロをとっているその日の代理トランペットの人の視界に入るところでじーっとソロを凝視し、ソロが終わったあと2言3言彼と話をして彼女とさっさと帰って行った。猛練習して出直してくること間違いなしだと思う。そしてみんな、明日は我が身と解っている。一晩で仕事を失ったり得たりするようなことがいつもあるあの空気、厳しさ、ってすごい、と改めて思う。そういう伝説は聞いた事があるが「これか〜」と思う。ニューヨークには才能があって上手い人はあまりにたくさん居過ぎる。練習してもしても演奏できるチャンスはとても少ないし、高いギャラのクラスに登りつめた人達もそこへ行くまで演奏以外にもいろんな試練がある。同じ仕事ではギャラはかわらないかむしろ減ったりバジェットカットで仕事そのものがなくなる上、家賃は高いし毎年無条件に20ドルずつ上がって行く。MTA(地下鉄)だって私が来た2008年はたしか78ドルくらいだったのに今はもう112ドルだ。それでもニューヨークで切磋琢磨して演奏に賭けている私達クレイジーなまでにジャズを愛するミュージシャンをファミリーと思い、いつも無料でクラブに入れてくれるSmallsやZinc Bar。「ニューヨークにもPricelessな情のあるええとこあるやん」って思う数少ない事の1つです。
そういえば昔ジャズピアノをはじめたい、とケイ赤城師匠にレッスンを申し込んだときに、ジャズミュージシャンになるというのはそれに賭ける努力の見返りがあまりに少ないがそれでもやりたいか問われた。今考えてみたら始めてないときにはそれがどういう意味をもつかさっぱり分からなかった。
私がニューヨークに来た2008年にはジャズ界でWillie Jones IIIを知らない人はもういなかった。15年程前ロスアンジェルスで知り合った頃のウィリーはまったく無名の地元の若手で、当時マイルスバンドを卒業したばかりのケイ赤城さんがアコースティックのバンドをはじめたときのドラムに抜擢されていた。ケイさんのバンドでリック・マルゲリッツァと故チャールス・ファンバローと一緒に演奏しているウィリーをみてこんなに若いのにケイさんのバンドでこんな演奏ができる人がいるのか、と感心していた。その後彼はニューヨークに引っ越して無名の頃にSit Inのチャンスがある度に華々しく実力を発揮し続け場を湧かせてきたにちがいない。観たかったなあと悔しく思う。
でもできあがったウィリーと演奏できる私は本当にとてもラッキー。今年は8月28日(水)にミッドタウンのキタノホテルにあるJazz at the Kitanoにてウィリー・ジョーンズ・IIIとドゥエイン・バーノとでピアノトリオをやります。詳細はまたご報告します。
部屋から見える公園は11月から3月までずっと枯れ木の景色だったのに、本当に4月の間にどんどん葉がついてきて緑が眩しくなりました。
4月1週目、はじめて木に葉がついた日。

4月2週目

4月3週目

4月4週目。この次の週は雨がよく降ったので一気に緑が多くなった気がします。

■
[PR]
























