大晦日の夜8時頃実家に着き、家族でのご馳走にギリギリセーフ。2年振りの日本を満喫し、そろそろたのしかった帰国も終わりがせまってきました。毎日家族や音楽仲間、古い古い友人、先生、元同僚達、いろんな人達に会えたことがとてもたのしかった。人生で大事なものは、私にとっては人との繋がりなのだと再認識できました。関西の私の周囲では当たり前のように与えあっている人への愛情や尊重というものは、私の人生にとってはとても豊かな財産です。あと、良い音楽を創る、ということも。私は、日本でもニューヨークでも本当に良い人達に恵まれ支えられてラッキーだと思う。

ほか、日常生活では、近所のスパ温泉も和食も日本のコンビニも薬局も本屋もKinko'sの店員さんの仕事ぶりも郵便事情のすばらしさも、感動することだらけ。
やはり私は日本人だなあ〜〜♥

初対面初共演の関西のベテランドラマー、竹田達彦さんを迎え、突然の帰国にも関わらず渡米前からお世話になっている難波の「Take 5」で演奏できました。たくさんの方々にお越し頂いて、ありがとうございました!楽しかったです。


河村英樹くん、萬恭隆くん、3人ともすばらしいプロフェッショナルジャズミュージシャンだと感じました。ニューヨークに住まなくても世界レベルのすばらしいジャズミュージシャンは育つのです。もちろん、彼らには才能も備わっているけども、むしろ感性と姿勢、練習、人生でどれだけ音楽が大事か、が大部分を占めるのではないかな、と思いました。


今年の目標は音楽に関していくつかあります。意識しなくてもそれらが習慣化したとき、きっとひとまわり大きい良いジャズピアニストになっていると思う。今年というよりも数年かけてクリアしたい目標です。たのしみにしていて下さい。音楽以外では、この先は年に1回は帰国できるといいなあ。

皆様、健康に気をつけて豊かなよいお年をお過ごしください。
本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

たなかかつこ






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1/14(火) 「TAKE FIVE」たなかかつこカルテット

河村英樹(テナーサックス)
たなかかつこ(ピアノ)
萬恭隆(べース)
竹田達彦(ドラム)
7時半から1st set / 9時から2nd set
チャージ4000円(1ドリンク付き)

今回ライブをするのはこの1件だけですのでぜひお越しください!
場所は大阪市浪速区敷津東3-5-15 KSプラザ2F(06-6648-1139)


今日は仕事納め。
午前はブルックリンのゴスペル教会、午後はブルックリンのロシア教会でした。久々に雨が降っていて、ニューヨークジャズ界のミュージシャン仲間の哀しい気持ちを表しているようでした。

12/25, 26日と、元気にPeter BernsteinのバンドでSmallsで演奏していたベースのDwayne Burnoが、昨日亡くなったということです。まだたったの43才なのに。すばらしいベーシスト、ジャズミュージシャンであるだけでなく、家庭人としても素晴らしかった。残されたご家族にお悔やみとご冥福をお祈り申し上げます。
私はたった6年間のニューヨーク生活でDwayneと一緒に仕事をしたり、いろんな話ができて本当にうれしかった。ビザがうまくいったら次の3年はDwayneとWillie Jones IIIでもっとブッキングし、CDレコーディングをする話をしていた。「また今度」はない。今日が最後の演奏になるかもしれない。




とりあえずは明日の朝飛行機に乗って2年ぶりに家に帰ろう。
皆様よいお年を。






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# by katsukotanaka | 2013-12-30 14:58
メリークリスマス!!



今月は、イースト・ハーレムで8-14才を対象にジャズワークショップをしました。

ワークショップだからといってTake The A Trainなどのわかりやすいスタンダード曲ではなく、1曲目から自分のオリジナル曲「Stretching」をガツンと演奏。「私の曲です」とMCで言うと、拍手大喝采でした(こういう反応はジャズクラブにはなく意外)。つかみはOK。


あとは、インプロヴィゼーションについての説明とブルースやリズムチェンジ、クリスマスソングで模範演奏。90分のワークショップは子供にとって長過ぎるので、ランダムに質問形式にして生徒を巻き込みながら。


Q&Aコーナーもとても盛り上がりました。意外なのは地域性かドラムが子供達の一番人気の楽器でした。

先月、ZINC BARで一緒に演奏した若手グループで仕事しました。普段とちがうタイプの仕事がとてもうまくいったことで、一段と信頼関係が強まっているのを感じました。
Stacy Dillard on Saxophone.

Eric Wheeler on Bass.

Russell Carter on Drums.

またこのメンバーで仕事したいな。

毎週2-3軒のちがう教会へ仕事に行っています。ゴスペル音楽も地域別の文化も、とても勉強になります。



1月は帰国しています。テナーサックスに河村英樹くん、ベースに萬恭隆くんを迎え、1/14(火)に大阪難波のカフェTAKE FIVEでライブをする予定です。日程がわかり次第ご報告しますのでぜひぜひ聴きに来てください。よろしくお願いします。
TAKE FIVE
大阪市浪速区敷津東3-5-15 KSプラザ2F
06-6648-1139

メリークリスマス!!








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今日は久しぶりにお休みだ!!厳密に言うと今日の夜の演奏仕事を取り損ねた。じゃあ本日は料理もしない日にしよう!ときめてタイ料理とレッドベルベットケーキをテイクアウトした。ここ数週間、毎日のように誰かレギュラーピアニストのサブ(代理)の仕事が入っていて休みがない。ニューヨークのジャズミュージシャンとしてはとてもありがたくすばらしいことだが、慣れない仕事の連続で生活のバランスを崩しがち。何か自分なりの良い方法をみつけるべき時期に来た感じがする。

11/13(水)は若手ミュージシャンを集めて自分のカルテットでオリジナルや日本の曲をアレンジして演奏した。

毎回、自分のリーダーバンドの時には3分の1くらいあたらしい音楽内容を持って行ってサウンドを試すようにしている。自分が飽きるからだ。でもあたらしいものばかりやり過ぎても今度は余裕がなくなりストレスになる。関西時代に何度もリーダーバンドをやっていくうちに、その辺のバランスはわかってきたように思う。その時々で自分の興味もシフトする。日本に住んでいたときはニューヨークに住むことにあこがれていたので、ニューヨークらしいサウンドの曲を創っていた。この夏に作った曲はとても単純なコード進行のもので、最近仕事でよく行くゴスペル教会音楽の影響を受けている。日本に住んでいた頃はそういう曲にインスピレーションやスピリジュアリズムをさっぱり感じず接点がなかった。楽譜をもらって弾く機会はあってもいまいちピンと来ない音楽だった。ブルースもそうだ。いつも私のブルース演奏はなんだか噓くさいと思っていた。今はそういうコンプレックスはない。ブルースとジャズに関してはロイさま(ロイ・ハーグロヴ)とのセッションから得た体験が(良かったことも悪かったことも)骨身に染み渡っている。


話は戻るが、10月はPCの前に張り付いて200枚を超えるアーティストビザの書類作りをした。自分自身がアーティストなのに仕事から帰ると毎日書類作成でなぜ練習する時間がないのか、本末転倒ではないか、とはやく音楽に浸りたくてうずうずしていた。日本で翻訳をしていた頃は1日8時間PCに向かえたのに今はもうそのがまんがない(でも今は3〜4時間はトイレ休憩もなくぶっ続けで高い集中力で演奏や教える仕事ができる)。書類を弁護士事務所に出した日はJimmy Heath Big Bandをブルーノートに観に行き、久々に音楽の素晴らしさを聴衆として満喫してきた。(写真はクイーンズ・カレッジ大学院恩師のMichael Mossman[マイク・モスマン]から拝借。本番中にリードトランペットの席からよくそんなことする余裕あるな〜。)

私は常々、マイクのビッグバンドアレンジの授業はクイーンズ・カレッジの授業料の何十倍もの価値があると思っている。大好きで大尊敬している師でありミュージシャンであり理想的な家庭人だ。今日まで1週間ミシェル・カミロのバンドでクイーンズ・カレッジの同僚アントニオ・ハートと東京ブルーノートで仕事しているはず。マイクが音楽学部長になる前はジミー・ヒース氏が学部長でビッグバンド・アレンジの教鞭を取っていた。ヒース氏は現在86才、その創作活動と後年への音楽の継承活動は本当にすばらしい。
この週はたまたま、Eddie Allenというトランペット奏者が率いるビッグバンドのリハーサルでピアノのサブを頼まれていた。私などは4人編成のカルテットでもメンバーのスケジュールを調整するだけでもひと苦労なのに、よくこんな大所帯を纏められるなあと思った。リズムセクションは数年前にキタノで私のトリオで一緒に演奏したCorcoran HoltとJerome Jenningsでかなりたのしかった。Eddieにはその1週間前にブルックリンで内容の濃いホームセッションにも誘ってもらい、彼の音楽的な好みもわかっていたので一層たのしめた。でもやっぱりビッグバンドのアレンジは奥が深いのでもう少し同じバンドを何度もやってみないと良さが本当にはわからないだろう。Jimmy HeathのビッグバンドではLewis Nashがドラムだったが、アレンジを詳細に把握してショーを構成しているように感じた。管楽器のソロも、バックグラウンドがソロの最後のコーラスでどういうことを演奏するのかアイディアを予知したソロだと次へのつながりの盛り上がり効果が高かった。ビッグバンドではメンバー1人1人がそうして音楽の全体像を把握していると元々の音楽のもつエネルギーがかなり増幅されるように感じた。まるでクラシック音楽の交響曲のよう。テーマで1つのモチーフを膨らませたり複数の別のアイディアが出て来て交差したり、ソロの箇所はインプロビゼーションで、シャウトコーラスやエンディングは交響曲の最後の方ははじめのテーマで使ったアイディアをまた引っぱり出してきて全楽器を使って壮大に終わるイメージと重なる。ベートーヴェンの曲にはベートーヴェンのカラーがあるように、ジミー・ヒースのアレンジ&作曲にはすべてジミー・ヒース色が濃く溢れていてステキだった。簡潔に言うと知的でグルーブしててユーモラス。


Gene Jacksonが日本からブルックリンに戻っていて彼の家でのセッションに誘ってくれた。エンドース・アーティストなので、色違いのドラムセットをたくさん持っていておどろいた。無駄話もなく1曲終わるとすぐ次へとどんどん時間内に曲をすすめていき、あっと言う間に時間が過ぎ去った。ベースは緊急手術したDwayne Burnoのピンチヒッターで8月にキタノで演奏してくれたGeorge DeLancyくん。ウィスコンシン州出身の骨太ベーシストだ。昔、Herbie Hancockのピアノトリオでジーンがドラムをたたいているライブ版(海賊版)の録音を友達にもらったことがあり、そのHerbieの「I Love You」のアレンジをよく関西のリーダーライブで演奏していたのでそのフメンを持って行った。もちろんジーンはどのようにたたいたかなんて忘れてるはずだが、やはり録音で何度も聴いていたジーンと同じだった。最近何度か共演していている信頼感もあって、奇妙なことに「こんなこと弾いたことないのになア」と思うことがスルスルと出て来た。


それは先日ミッドタウンでピアノトリオの仕事でベースのDwayne Burnoと一緒に演奏したときにも、まさにそう感じた。思いがけないことが「弾けて」しまい自分の音楽が内側から自然に引き出される。Dwayneとは去年キタノでWillie Jones IIIと演奏したときにもそれとまったく同じことが起こった。演奏中に心から「笑みがこぼれる」というのを体感した。ハーモニーもグルーヴもちょっと一線ちがう。本人のセンスや練習ももちろんあると思うが、音楽をとてもよく知っている。レコーディングをよく聴いていてそれを細かく覚えている上に自分の解釈でハーモニーのアレンジができる。あの年代のミュージシャン(ロイ、アントニオ・ハート、ウィリー・ジョーンズ・III)に共通して言えることは、フメンをみない。フメンを渡すと「I don't need a chart. 」と、こんな有名な曲をフメンみないと俺が演奏できないなんて思わないでくれ!!という勢いでピシーっっ!!と言われると、友達だったり親しくてもとてもコワいです(ちなみに渡した楽譜はJohn Hicksの「Naima's Love Song」とMulgrew Millerの「Wingspan」とCedar Waltonの「Clockwise」)。DwayneもWillieも、私のオリジナル曲を1回テーマを演奏して1コーラスソロをやったら2回目からもう譜面はほとんど見ず3回目は見ていない。そうじゃないとダメだと昔ロイ様に言われたことがあるが、そんなことは現実的には無理だと思っていた。だが実際にこうして共演者が実行しているのを見て、それは努力すればできることで、巨匠に鍛えられてきたベテランの年代にとっては当たり前のことなのだと知った。曲の把握がはやいということはジャズ音楽に関するデータ量が豊富なのだろう。クラシック音楽でも同じ時代、スタイルの曲をたくさん勉強していたら、譜読みや暗譜がはやくできる。Dwayneとのギグはあっと言う間に終わってしまった。3セットしかなかったが最後の曲のときに「ああもうこれで終わりなのかあ...」と、4セット目もやりたいくらいだった。やはりあれくらい音楽を上から下から表から裏から自由自在に演奏できると、周囲のみんなをたのしくするのだなあととても勉強になって、ギャラももらって帰った。
そういえば昔ロイさまが「誰にでも、そのバンドの音楽の方向性をガラっと変える力がある。1人1人に同じだけの力が(ロイさまだけではなく皆にも)ある」とシラフな真顔で言われたことがある。もう1つ、あの人達は自分の楽器の特性をよく知っていて楽器の演奏が上手い。それに「気付いて」はじめて最近、クラシック音楽をずっと勉強してきたことを貴重に思う。今もショパンのエチュードを5-6曲はウォームアップで弾くようにしている。


ドゥエインとの仕事の翌朝は最近サブで行っているコンテンポラリー・ゴスペルのクワイヤーの伴奏の仕事だった。夜遅く終わる仕事がエキサイティングすぎるのと、翌朝早く起きれるか心配で寝付けないという夜の典型だ。音楽がかわる頭の切り替えもいる。

このクワイヤーは素人の集まりなのにかなりレベルが高い。今までいろんな音楽学校の歌のクラスの伴奏をしてきたが、ジュリアードに入れる子達よりもずっと音楽を覚える能力とほかの声部をきいてアンサンブルできる能力が高いしやる気も本気だ。コーラスの各声部を分析していくとまるでバッハの音楽だ。なぜsus7やMaj6, m7(b5)やdim7といった昨今ジャズでよく使うコードがでてきたのか、3声を分析して漸くその根本が心からわかった。ここはお金がないのでバンドではなくキーボード1本なのが残念だが、逆にキーボード1本でバンドの曲をどのように弾けるかという課題がある。ハモンドオルガンのサウンドも出せて便利だ。過去のリハーサル録音を聴いてみると、あまりにすばらしいピアニストがピアノ1本で伴奏しているのでクワイヤーのディレクターに一体誰か尋ねてみたらGreg Stamperという作曲者本人だった。なるほどー、こういう風にやるのか!と、いろいろ勉強になってたのしく演奏してきて、ギャラももらって帰った。
ディレクターの推薦で今朝、そのGreg Stamperさんから彼の教会で明日彼のサブでピアノを弾いてくれないか、と電話があった!しかし残念ながら明日はすでに別の教会でゴスペル演奏の仕事が決まっていた。ニューヨークも居住年数が経つとやりたい仕事が重なった場合にどう対処するのかという課題がでてくる。それにしても演奏を評価してもらえ次の仕事に推薦されるなんて、コンテンポラリー・ゴスペルというまったく慣れ親しんだことのなかった音楽の仕事で予習復習をしてきた甲斐があってうれしかった。


そんなワケで最近ゴスペル音楽のハーモニーがとても気に入って、それ風な曲を書いた。子供の頃親に連れられて教会に「行かされていた」アメリカ人のジャズメンにとっては「それが何か?」かもしれないが、日本人の私にとってはとても新鮮でワクワクしている。

それともう1つは、日本の曲を少しアレンジしてバンドで演奏した。それにはどうしてもStacy Dillardのソプラノサックスが必要だった。大体が思い通りのサウンドになって次回の案も浮かんだ。日本の曲は日本人には単純かもしれないが、アメリカ人のジャズメンにとってはとても新鮮でワクワクするらしい。

Stacy Dillardの好きな所は、小難しいことは何ひとつ「やろうとしない」けどもエネルギーいっぱいで独自のソウルフルな演奏スタイルと音色、そしてステイシー節を確立していること。プラス、Wayne ShorterとJoe Hendersonの一部分を足したようなスタイルが、私の音楽に彼が必要な理由だ。ドラムのRussell Carterはぜったいブレない天性のタイム感とSwing感、プラス、実はR&Bやコンテンポラリー・ゴスペルのリズムも得意なところ、音色とタイミングのセンスの良さ。Eric Wheelerは今回はじめて一緒に演奏したがDC出身らしく地に付いたスイングする良いベースだった。譜読みもはやいし曲の段取りもわすれない。ワシントンDCからは、Corcoran Holt, Ben Williams, Rushaan Carter (Russellの弟)、Eric Wheelerらのベーシストが横並びで同年代でNYの若手ミュージシャンとして活躍している。RussellはじめQuincy Phillips, McClenty Hunterなどすばらしい若手ドラマーも多い。



伴奏の仕事に行ったり、フルートの佐伯まゆちゃんの仕事に誘ってもらったり、仕事ながらそれぞれ前向きな人達と関われるのも爽やかな時間だ。帰るとひたすらやりたい曲をメンバーにやってもらうためにフィナーレ(ソフトウェア)で各パート用の譜面を作る。ニューヨークに来て以来ずっと私はウィリー・ジョーンズのCDプロジェクトでギャラを頂いて譜面作成(CDから音源を拾うことも含めて)の仕事をしていて段取りは慣れてきたが、やはり演奏者が1、2回読めば覚えられるような完成度の高い譜面を作成するためには、どうすれば最もわかりやすいのかいつも考える。それでも私は、毎回のライブで何かあたらしいことを試したい、と思っている。

最近は関西とか東京とかニューヨークとかそんなことはどうでも良いように思う。良い音楽を良いミュージシャンとバンドで演奏できさえすれば。今のところはニューヨークのミュージシャン達と演奏できることが生活の苦労を上回って自分の勉強になり、音楽的な成長を感じられる時もあって充実している。ここで得たものをいつか誰かにどこかで何かの形で還元していければとてもうれしい。だから今回もアーティスト・ビザを3年間、申請しました。

結果はわかり次第、後日ご報告します。









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10月1週目は夏日のぶり返しもありましたが、アパートの前のプロスペクト公園の樹々はここ2、3日で黄金色に色づいてきました。もうすぐ切れるO-1Bビザ(通称アーティストビザ)を再申請することにしました。

前回O-1を申請したあとのこの3年間を振り返ってみて、音楽一本でニューヨークで生活してきて昨年からは1人暮らしもしてよくやってこれたなあと思いました。今後はもっと自分のバンドを周期的にやっていきたいと思っています。

とりあえずは、来月11月13日(水)にZinc Barで若手バージョンの方のリーダーバンドを。

KATSUKO TANAKA QUARTET @ZINC BAR
with
STACY DILLARD (saxophones)
RUSSELL CARTER (drums)
TBA (bass)
7-9PM (1 Show only)  $10 at the Door

8月にウィリー(ウィリー・ジョーンズIII)とギグをやったときに、Cedar Waltonの曲を自分流にやってみてCedarのバンドのレギュラードラムだったウィリーがシーダーのときとはちがうアプローチで一緒に音楽を創ってくれたときに「私のやり方でまちがってないな」という感じがしたので、次の段階の創作活動をしていきたいと思っています。別にウィリー本人にきいたわけではないですが、あのクラスのニューヨークのベテランミュージシャン達は、共演者が曲の本質をきちんと勉強して理解せずに勝手に自分色で演奏して盛り上がっていると、音楽がまちがった方向にこれ以上行くのを防ぐかのように何も反応せず超シンプルに音楽をキープするだけなんです。そういうときベテラン勢のこわーい空気が流れてます。
そりゃそうですね。クラシックでも「僕はこういう感性だから」とその作曲家のスタイルや西洋音楽の歴史を知りもせずに勝手で自己中な解釈やテンポで演奏する生徒がたまにいますが、音楽が酸素が足りないドロドロの血液みたいに滞ってぜんぜん流れていないことはクラシックを勉強してきた人には1分もきかないうちにわかります。

最近O-1Bを取るのがきびしくなってきたようですが、気を引き締めて書類作成することにします。関西で通訳翻訳をしていた頃に査察に立ち会ったりFDA(米国食品医薬品局)に出す新薬申請英文書類作成に携わっていたのでアメリカのお役所に出す英文書類の作成は要領を得ている方だと思うんですが、当時は1日7時間も集中できてしかもちゃんと時給まで頂いていたのに、今は自営業で働きながらその合間に膨大な自分の資料を作成してるわけで、遅々としてなかなか進みません。
推薦状と契約書を集めるには、たくさんのミュージシャンにまず説明して依頼して、そして会う予約を取らないといけない。夏は多くの人がツアーに出ていて始動できず、秋もNYCに出たりはいったりなので、何曜日の何時であろうが会えるときに予約をとって駆けつけなければいけません。良いこともあります。忙しい中ここ2週間でいろんな人に会えて、最近の仕事やプライベートの話をしているうちに、ビザがおりたらこの先3年どうしていきたいかが明確になってきた感じです。演奏で一緒になってもゆっくり個人的に話をする時間はあまりないので貴重な面会です。

9〜10月はコンテンポラリー・ゴスペルの仕事が何度かありました。長年勉強していたいと思っていた分野の音楽だったのでたくさん曲の予習をしているうちにあっ!!という間に時間は経っていきます。ゴスペルオルガンのハーモニーを研究しているとジャズのルーツ(コードのextension, suspension, alterationなどの由来)がよくわかり目から(耳から?)鱗です。ボーカルパートの対位法によってオルガンの役割もきまっていく。まるでバッハの音楽のようです。まあ、そこまでは複雑ではないかなあ。
あとは風邪ひかないように注意しようと思います。ニューヨークに来てから、気温がはげしくかわって部屋にヒーターがはいったり入らなかったりする10月は去年以外毎年風邪ひいてましたから。

みなさんもお気をつけて。




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キタノに来て下さったみなさん、ありがとうございました。

今年も去年に続き、またまたベースのメンバー交替のハプニングが。

去年は、ギグの2週間前にべーシストから当日演奏できないという連絡があり、その連絡の数日前にドゥエイン・バーノに会ってたまたまいろいろ話をしていたので、その日空いていた彼が演奏してくれることに。

今年は、はじめからドゥエイン・バーノにお願いしていて、ウィリージョーンズとのトリオで演奏する予定だったが、本番の前日、午後1時過ぎにキャンセルの電話が。その日は午後4時半からリハーサルをすることになっていてミッドタウンのスタジオを予約していた。リハの前に私は仕事があり家を出て地下鉄を待っていたらドゥエインから電話が。今日の確認かな〜、と思って出たら緊急のドクターストップで明日のギグができない、というところだけを聞けて、電波が届かなくなった。

え?
じゃあ、明日のベースは探したらみつかるとしても、今日の4時半にリハに来れる人はいるかな。
と、地下鉄の中で考え、ブルックリン橋を渡るために地上に出た2分くらいの隙に、リハに来れなくても本番でオリジナル曲を弾けそうな一緒にやったことがあるベーシストにメッセージを残す。

地下鉄を降りたら2時からの演奏の仕事、目的地の駅から5分くらいで仕事場に着いたらそのあとはもう誰とも電話連絡ができない。仕事がおわったら4時半にスタジオに着くまでのギリギリの時間。でもベースなしでスタジオはいっても仕方ないしなあ。
、、、と思いつつ、駅から仕事場まであるいて5分の間にもう1度ドゥエインに電話して何があったのか状況を確認。前日のMRIの結果がわるく緊急手術の準備をするよう言われたとの事。「ベースは誰か見つけるから大丈夫、体をお大事に!」と言い切った、だけど、さて、私はどうしようか、、、今日のリハはキャンセルして明日はオリジナル曲も演奏しない、か、、、?でもそれではせっかくチャージ払って観に来てくれる人達に申し訳ない。。。。ベースはかわりが効くがドゥエインの体は1つしかない。家族も居るし、体が効かない間は仕事もできずもちろん労災なんてないし、医療費は高いし。体がつらいだけでも不安なはず。

仕事場に着いたら、2時からときいていた仕事は2時半からだった。あと30分電話できる。
で、ほかの人にも電話しているとはじめに断った上でさらに何人かオリジナルを一緒にやったベースに電話したけども留守電でつかまらない。ツアーに行っててNYCに居ない可能性もかなり高い。仕方なくドラムのウィリーに相談したらリハーサルにも確実に来れる人を探してきてくれた。若手でRodney Whitaker風のサウンドとswing感の良いベーシスト、George DeLancyという人だそうだ。もう2時半の仕事がはじまるまであと3分しかなく、ほかの人の連絡を待てないし、じゃあ、全然私は演奏も聴いたことのないその人にお願いします!とたのんだ。
あとで以前に一緒にオリジナル曲を演奏しているココラン・ホルトとダントン・ボラーから空いててギグができると仕事中に留守電をもらったがもう遅かった。依頼して2時間以内に返事をもらったにも関わらず残念だし申し訳ない。前はここで申し訳なさといろいろ考え過ぎてなかなか気持ちを前へ進められなかったが、すぐに電話でコミュニケーションをとってさっぱりできた。突然の選択が吉とでるか凶とでるかわからないけども終わったことはもうスッキリと気にせず、きめた道を突き進むことにした。まるでimprovisationのようです。

4時半にリハに行くと、初対面のGeorge君が時間までにそこに着いて居た。どの曲をやっても初見がはやく、まちがわない。私のこともウィリーのこともよく見ていて信頼できる。ハーモニーのセンスがあって曲の把握もはやく、今回トリビュート的な意味を込めてやりたいと思っていたKenny KirklandやMulgrew Miller, Cedar Waltonのちょっと難し目の曲やWayne Shorterの曲、オリジナル曲を、1時間半のリハでひと通り確認できた。全部で20曲くらいライブでやった中、スタンダードはリハも楽譜もいらない。あしたのギグではどうなんだろう?なんだか、日常生活自体がimprovisationのようだ。そう思ってリハを終えて家に帰る。友達から電話があり明日のギグの準備をきかれた。こうこうでベースがかわって、、、え、誰になったの、、、、という話になる。ああ、こうして、今日のGeorgeの演奏や人柄の良い評判はほかのミュージシャン達にその日のうちに広がっていくねんなあ、、。

若手のGeorgeとウィリーとでは先輩後輩の関係で、スタジオやオフ・ステージでは明らかにある種の緊張感が双方にある。しかしGeorgeはどんなギリギリの要求や緊張感の下でもstage上ではそんなものはまったくものとせず、むしろチャレンジに挑戦することがたのしみかのように水を得た魚のような110%の演奏でライブでも期待を裏切らない。ベースラインは信頼できるし音は太いし、ウィリーとぴったりgrooveの波長が合ってる。曲やライブの進行もよく見ていてきめゴトも忘れない。そして与えられた場面ではどの曲も自分らしい解釈で挑戦的なソロをとっていた。曲の把握がはやい。伴奏しながらそんな彼の演奏を頼もしく見ていた。でも余計なことは弾かない。人間的にもそういう人という印象を受けた。めぐってきた僅かなチャンスを逃さずにつかみ精一杯自分の演奏を披露してモノにする。こういう人が10年後20年後にベテランとしてこの世界に残って行くのだろう。
今月はJazz Galleryで若手ピアノのサリバン・フォートナーの全曲オリジナルの委託プロジェクト・ライブを観た。ニューヨークにはとんでもなく才能のある若者が僅かなチャンスをあたえられ、そのチャンスに才能を思いっきり自由に開花させサウンドで表現して人に披露できることに彼ら自身がきづき開いて行く過程を共有できる、とてもエキサイティングなこういったライブがある。お客の半分以上がサリバン級の若いミュージシャンで皆がそれぞれの形で刺激を受けて自身の音楽活動に活かしていく。私もどんなことやろうかと思うと興奮して眠れなかった。若い頃にリーダーバンドをやっていたときよりももっと自分に焦点が合っていて新鮮で自由になれるなんてなんと恵まれた話だろう。まあ、普段練習してないと無理だけど。
一方大御所がスタンダードを演奏するライブは人間国宝芸術のようでそれもすごい。何度も演奏されよく知っているはずのスタンダード曲がまるではじめて聴く曲のように素晴らしいのだ。結局よく理解しないで演奏していたということなのだろうか。ウィリーには彼がかつてレギュラードラムを務めていたCedar WaltonやHank Jonesのライブによく招待してもらった。今回のライブで私はCedarの数々名曲からセッションではあまり演奏されないHindsightとClockwiseの2曲を選んだ。Cedarのピアノスタイルに敬意を表しつつ完全なる自分の解釈で演奏した。Cedarが亡くなるまで4年も彼のバンドに居たウィリーがCedarにはやらなさそうなドラムを私に自然に付けてくれたので「よし、これでいいんやな」と感じた。
あたらしく書いたオリジナル曲はリハができたお陰でサクセスフルだった。この2人にしっかりボトム(低音部&リズム)を支えられて私も110%のエネルギーでとてもたのしく自由に演奏してきました。いろんなことが勉強になりまた次の課題がクリアにみえてきて、とても充実した気持ちです。

ライブに来てくださった皆さん。本当にありがとうございました!!







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どんな感じかというと、去年のキタノでの演奏の模様がコチラ↓です。




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このトリオで演奏します。

Dwayne Burno[ドウェイン・バーノ](ベース)、たなかかつこ(ピアノ)、Willie Jones III[ウィリー・ジョーンズIII](ドラム)
2013年8月28日 (水)
ニューヨークキタノホテル内「Jazz at Kitano」にて




ドゥエイン・バーノとは去年キタノではじめて仕事で演奏をしたが、いろんな意味でおどろきだった。
前日にミッドタウンにあるスタジオでリハーサルをやったときのこと。ドゥエインと彼の家の雨漏りの話をしていた。彼は弁護士のように理論立てて常に落ち着いた静かなトーンで話し、表裏のない人で、どんな場でも自分の意見をはっきり述べる。例えば数年前ロイハーグロヴのバンドでヴィレッジバンガードで代理(若い頃はレギュラー)でベースを演奏した後、お客が少なくなった店内で、ロイのバンドの問題点や彼の音楽に関する考えを私にいろいろ率直に話しだしたときには「今ここで話さなくてもいいのに」と驚いた。話は戻るがリハーサルスタジオにウィリーがはいってきた瞬間、いきなり場の空気がふわっと軽く、明るくなった。むずかしいことは何ひとつ考えず直感だけで楽しく生きているスーパー前向き男ウィリーと、理論と言葉の表現が巧みなドゥエインの対比がすごくショックで且つおもしろかった。

演奏も完全なる役割分担が感じられた。フメンをもらって2回目の演奏からは大体みないでインスピレーションでどんどんたたくウィリーと、フメンを読みくだきサウンドを聴きながら曲を分析して覚えていくドゥエイン。たった1度の私のつたない説明で曲の進行を完璧に理解してウィリーに「通訳」してくれるドゥエイン。実際に曲を演奏しはじめると、ウィリーはリハーサルだというのに今すぐ全部の演奏をCDに使えるほどすばらしかったのに対して、ドゥエインはエレクトリックべースを持って来ていて、一生懸命弾いてくれている割に演奏がダサく、そういう一面もあるのかと驚いた。とても言いにくかったが「明日の当日なんですけど、、、」と言いかけると「わかっているさ。今日は身軽にするためにエレベにしただけだよ、明日はちゃんとアコースティックもっていくから心配しないで」と言われてほっとした。本番では、同じ曲なのにその唯一無二のアコースティックベース演奏のレベルの高さに2度おどろいた。全然性格がちがうキャラの濃い2人は私生活でも信頼し合っていてとても気が合うようで、かみあい方が独特ですごくおもしろかった。私は演奏もオフステージでも2人を信頼できてたのしい。

それにしてもほんとみんな性格が濃いなあ。。。そこがニューヨークのミュージシャンという感じです。ドゥエインとアントニオ・ハートとグレッグ・ハッチンソンの3人は若い頃ロイハーグロヴと共にバークリー音楽院からニューヨークに引っ越してきて長いことルームメイトだったし、グレッグがぬけたあとには当時ウィントン・マルサリスバンドのレギュラーピアニストのエリック・リードがはいったらしい。
濃いなあ。。。。


(写真はお世話になっているスタインウェイ専門のA.C.ピアノクラフトさんのサロンのピアノ)


今回はピアノトリオにしようと思った理由

ニューヨークでこれまで演奏したお店ではピアノの音色を聴いてもらえるお店は少ない。それでもFat Catにはジャズに拘らない若いお客さんに聴いて貰える良さがあり、またイーストビレッジのNuBluや以前のZinc Barにあったローズのサウンドも弾いているうちに結構好きになり、ブッキングしたお店に合わせたスタイルの演奏をしてたのしんでいる。そういうお店では元気が良く調子が良い、ノリが良い感じになりがちで、ピアノ自体の音色に着目するより管楽器が居た方が場に合って盛り上がる。そんな中、観客全員が音楽に耳を傾けるキタノにはメンテナンスされたスタインウェイがある。先日58才の若さで亡くなったマルグリュー・ミラーも(若手育成のため特別に)ロン・カーターとここで演奏していたし、ジョージ・ケイブルズやフレット・ハーシュも何度も演奏しているピアノだ。ここはピアノトリオをやるにはぴったりのお店だと気付き今回はトリオにした。

私は日本に居た頃からトランペットとサックスがバンドに居る曲を書くことが多かった。今も管楽器のサウンドは大好きだが、ニューヨークに来て管楽器入りのバンドを何度も何度も聴いていると、いろんなスタイルのすばらしい管楽器奏者のサウンドや個性にだんだん麻痺してきて、急にピアノトリオ編成に興味が湧いてきた。

どう転んでもこのトリオの演奏は絶対にいいはずだ。この得体の知れない自信は、過去に新しいメンバーを集めてバンドを結成たときに何度も直感し、それは必ず当たってきたので、もう確信だ。




自分の音楽とニューヨークに住む意味について

私が29才でジャズをはじめたときはたった4曲しかレパートリーがなかった。若手時代がないから注意してくれた先輩(←ありがとうございます)も数少ない。日本では自己のリーダーバンドでオリジナル曲を演奏することが多く、作曲もジャズ理論も習ったことはない私は自分が演奏していることは単なる自己満足に過ぎないのではないかと思っていた。

ニューヨークに来てまず、自分のピアノにパンチが足りていないと漠然と感じていた理由は、いろんなジャズをじっくり聴いてスタイルや歴史を研究したことがほとんどないからだと、たくさんの素晴らしいミュージシャン達と情報共有しているうちにすぐにわかった。でもそんなことはニューヨークにわざわざ住まなくても日本でマスター出来るし、時間もかかる。


ではなぜ今もまだニューヨークに居るのか、そして一体何を体得したいのか?

今は、経験値の高い人と演奏するときに感じる「魔法」を解き明かしたいから。かな。


ウィリーやドゥエインは40代で、若くにキャリアをはじめ、今は亡き巨匠達とステージを共にして育ってきた。ウィリーは故ハンク・ジョーンズとシダー・ウォルトンのレギュラードラマーとして記憶にあたらしいが、ハービー・ハンコック、ホレス・シルバー、ボビー・ハッチャーソン、ロイ・ハーグロヴなどのバンドをもう20年以上も経験していて演奏に筋金入りのジャズ魂が感じられる。彼が26才の頃からの知り合いで演奏はよく観てきて知っているはずなのに、一緒に演奏すると客席では気付けない驚きがたっぷり詰まった時間を共有できる。しかもここ数年で格段に演奏が上達している。「天井がない」とはまさにこのことを言うのだろう。ウィリーだけではなくこのクラスのミュージシャン達の切磋琢磨ときたら本当に頭が下がる思いだ。ドウェインも同じ種類の人だと感じた。ベースラインや、対処法、イントロ、エンディング、演奏していてまったく驚きの連続だ。
みんな手助けはしてくれるが、教えてはくれない。自分がやるべきことをして演奏で私を導いてくれるが、敢えて意見をきかせてくれと頼まない限り、音楽に関して「こういう風にしたら?」と言ってくることは一切ない。そこは自分で自分の方法で見つけていくことに意味があるようだ。人に共依存する関係はアメリカ的ではないし見つけられない人とは自然と縁がなくなっていくのだろう。そういう厳しさはニューヨークのジャズメン文化の継承みたいで、ちょっとすきです。


普段の仕事よりもずっと割が悪いにも関わらず今年も彼らは快諾してくれてとてもうれしい。ニューヨークでフリーランスで1人暮らしで音楽一本で食べていくには日本人女性の私としては未だに苦境は多いが、この体験のためにアメリカに居るといっても過言ではない。1、2回目は魔法にかけられた狐につままれたような気分だったが、何回か演奏するうちに「また魔法をかけられるにちがいない」とある程度予期する。期待は1度も裏切られたことがない。それどころか毎回期待を超える体験が出来て、終わった瞬間その日のうちにすぐ「次はこういうことがしたい!」とウキウキと次回のプロジェクトを考えてしまう。そのせいで、関西の家族の近くで生活したいのに、日本への永久帰国がなかなかできない。


WEDNESDAY AUGUST 28, 2013

KATSUKO TANAKA TRIO
JAZZ AT KITANO (NEW YORK, NY)

KATSUKO TANAKA (piano)
DWAYNE BURNO (bass)
WILLIE JONES III (drums)

Sets start at 8 and 10pm
$10 Cover Charge and $15 Minimum on Food or Beverage.
66 Park Ave. (@Park Ave. and E.38th)
Reservation: 212-885-7119




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ニューヨークで非日常的な時間を過ごすことに。


ABT(アメリカン・バレエ・シアター)をメトロポリタン劇場で観るとか。



3階建てプラス地下1階がある巨大な古本屋さん「STRAND」に行くとか。



チャイナタウンのホームメイド・アイスクリームをたべるとか。


まだまだニューヨークもまったく知らないおもしろいところがたくさんあるなあ!!

、、、という今年のお誕生日でした。

あとニューヨークではじめてお蕎麦屋さん行ったり、友人とミートローフをつくって祝ってもらったり、
などなど。
みなさんお祝いメッセージをありがとう!!!
7月からもがんばるぞ〜。


おわり



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家の前の公園。五月晴れ。

確定申告(アメリカではTax Returnと呼んでいる)も終わった。どっちみち払わないといけないもの、済ませないといけない事務はなんでもさっさと片付けよう!というのが、今後の方針です。

長いこと仕事が忙しく最近はなかなか夜ライブを見に行くことがなかった。友達のライブ以外では思い出すところで、2月のMulgrew Miller Wingspan, 12月のChristian McBrideバンド, Cedar Waltonバンドだけ。これも知り合いが出ているから誘ってもらった。

ベースのReuben Rodgersをチェックしに先週末Smallsに久々に行った。満員になると思ったので、前のバンドが演奏している時間帯(10時頃)行くともうすでに10時半からのショーのために並んでいた。Smallsでは、演奏に行くミュージシャン達はFamilyの一員とみなしていつも無料で入れてくれる。その日も、とても混んでいるにも関わらずオーナーが君は並ばないでいいから今入りなさいと言ってくれ、はやめにクラブに入る事ができた。案の定、10時半からのセットも12時半(夜中ですよ)の2回目のセットも超満員で立ち見する場所もなく消防法違反になるので人をそれ以上入れる事はできなかったようだ。そんなに人気でも私達ミュージシャンには無料で鑑賞させてくれ、一般のお客さんへのチャージもいつもと同じ20ドルより値上げもせず(しかも前のバンドとあとのバンド、合計3バンドで20ドル)、このお金に厚かましいニューヨークでなんというジャズに情熱のある店だろうと思った。このブログでも何度も言うが、私がニューヨークに来てから覚えたたくさんのスタンダードは、このSmallsかZinc Barでロイ・ハーグロフとジャムセッションをして覚えた曲だ。覚え方や理解の仕方も、ロイやそこで知り合ったいろんなミュージシャン達と演奏の後に話したことを全部ためしてみて何度も「できた」「できなかった」と手応えを演奏した時にひとつひとつ実感していくことで時間をかけて自分に合う効果的な練習の仕方を編み出した。私にとってはSmallsやZinc Bar, Fat Catは昼間通っていたクイーンズカレッジ大学院と同じくらい価値のある「学校」だ。

バンドはサックスのジミー・グリーンさんのバンドで、ベースがReuben Rodgers, ドラムがGreg Hutchinson, ピアノがXavier Davisという、ジミーさんが数年前にこのSmallsでのライブをCD化して発売しているものがあるメンバーだった。とても熱気に溢れたバンドだった。
ジミーさんは、たしか30台で、結婚して2人お子さんが居たのだが、記憶に新しいコネチカット州の小学校での銃撃事件で子供さんが犠牲者となり亡くされた。MCのときに、家族はまだ完全にその苦しみから立ち直れていないが、このメンバーとまた音楽を演奏できる幸せと聴いてくれるすばらしい観客が居ること、そしてお店に感謝の意を述べておられた。よく「私があなたに何をできるでしょうか?」とたくさんの人に言って頂くが、僕が思うに、こういった犯罪をなくすためにはとてもシンプルなこと、それは人を愛することだと言っていた。今となりの人が自分の肘に当たってうっとおしいと思っても、レジで長蛇の列に並んでいてお金を払っている人が小銭を探していても、イライラせず、にっこり笑って好きになること、と、冗談まじりに言っていた。「憎む」という連鎖をなくす、という意味だと思うが、なんと心の寛い人だと思った。まだベテランの年齢ではないのに人間の器の大きさやエネルギーが演奏に顕われている。

ニューヨークに居てすばらしいことのひとつはこういったエネルギーを感じれることだ。
ドラムのグレッグはすばらしかった。彼を観るのが目当てで来るお客さんもたくさん居て、グレッグが出る日はいつもSmallsは満員になり入れない人がでる。ジミーさんが一番最後の曲で、地元のコネチカットで教えていた生徒だったドラマーに1曲チャンスを与えてバンドで演奏することになった(こういうのをSit Inといいます)。派手ですばらしいグレッグのあとに叩いたこの無名のドラマー、とてもすばらしかった。んー、、、べつにグレッグじゃなくてもこの人でもこのバンドはいいのでは?という空気が過るほど。こういうのが、ニューヨークだなあと思う。まあグレッグの人気は格別で位置は不動だけど。前にもトランペットの人でそういうことがSmallsであり、あれ?このバンドのトランペットにはこの人しかないと思ってたけど、こっちの人の方がむしろいいのでは?という空気がバンド内にも過っていたときに、その日そのギグができなかったレギュラートランペットの人がそのライブを観に来て、1曲バンドスタンドの真横、ソロをとっているその日の代理トランペットの人の視界に入るところでじーっとソロを凝視し、ソロが終わったあと2言3言彼と話をして彼女とさっさと帰って行った。猛練習して出直してくること間違いなしだと思う。そしてみんな、明日は我が身と解っている。一晩で仕事を失ったり得たりするようなことがいつもあるあの空気、厳しさ、ってすごい、と改めて思う。そういう伝説は聞いた事があるが「これか〜」と思う。ニューヨークには才能があって上手い人はあまりにたくさん居過ぎる。練習してもしても演奏できるチャンスはとても少ないし、高いギャラのクラスに登りつめた人達もそこへ行くまで演奏以外にもいろんな試練がある。同じ仕事ではギャラはかわらないかむしろ減ったりバジェットカットで仕事そのものがなくなる上、家賃は高いし毎年無条件に20ドルずつ上がって行く。MTA(地下鉄)だって私が来た2008年はたしか78ドルくらいだったのに今はもう112ドルだ。それでもニューヨークで切磋琢磨して演奏に賭けている私達クレイジーなまでにジャズを愛するミュージシャンをファミリーと思い、いつも無料でクラブに入れてくれるSmallsやZinc Bar。「ニューヨークにもPricelessな情のあるええとこあるやん」って思う数少ない事の1つです。

そういえば昔ジャズピアノをはじめたい、とケイ赤城師匠にレッスンを申し込んだときに、ジャズミュージシャンになるというのはそれに賭ける努力の見返りがあまりに少ないがそれでもやりたいか問われた。今考えてみたら始めてないときにはそれがどういう意味をもつかさっぱり分からなかった。

私がニューヨークに来た2008年にはジャズ界でWillie Jones IIIを知らない人はもういなかった。15年程前ロスアンジェルスで知り合った頃のウィリーはまったく無名の地元の若手で、当時マイルスバンドを卒業したばかりのケイ赤城さんがアコースティックのバンドをはじめたときのドラムに抜擢されていた。ケイさんのバンドでリック・マルゲリッツァと故チャールス・ファンバローと一緒に演奏しているウィリーをみてこんなに若いのにケイさんのバンドでこんな演奏ができる人がいるのか、と感心していた。その後彼はニューヨークに引っ越して無名の頃にSit Inのチャンスがある度に華々しく実力を発揮し続け場を湧かせてきたにちがいない。観たかったなあと悔しく思う。
でもできあがったウィリーと演奏できる私は本当にとてもラッキー。今年は8月28日(水)にミッドタウンのキタノホテルにあるJazz at the Kitanoにてウィリー・ジョーンズ・IIIとドゥエイン・バーノとでピアノトリオをやります。詳細はまたご報告します。



部屋から見える公園は11月から3月までずっと枯れ木の景色だったのに、本当に4月の間にどんどん葉がついてきて緑が眩しくなりました。

4月1週目、はじめて木に葉がついた日。

4月2週目

4月3週目

4月4週目。この次の週は雨がよく降ったので一気に緑が多くなった気がします。


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